大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和58年(ネ)135号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【判旨】

二<証拠>によると次の事実が認められる。

1 本件土地は国鉄中央線、京王電鉄井の頭線吉祥寺駅の北西二〇〇メートル余、吉祥寺駅北側の公園通りに面し、控訴人は本件土地及び隣接地を併合した一区画に鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根地上九階地下三階の店舗兼事務所を所有し、右建物の大部分は訴外東急百貨店吉祥寺店として利用されている。吉祥寺駅周辺は、「伊勢丹」、「近鉄デパート」「パルコファミリプラザ」等の大型店舗に加え、意匠性に富む各種店舗が連なる商圏人口一五〇万人という繁華な高度商業地域であり、本件土地もその一画を形成し最有効利用の状況にある。

本件土地の近隣には訴外月窓寺、同蓮乗寺、同光専寺の所有する借地が多く存在するところ、右借地の地代は当該土地に対する固定資産税及び都市計画税(以下公租公課という)を基準として決定されるのが一般的で、おおむねその二倍ないし三倍(商業地は三倍程度)とされている。本件土地を含む武蔵野市吉祥寺一帯は、全国的にみても地価上昇率の最も大きな地域の一つであり、地価上昇に伴つて毎年公租公課が増額されるため、本件土地周辺ではこれと並行して地代も毎年増額改訂するのが一般的傾向であつたが、昭和五五年ころから公租公課の増額は抑制され、地代の改訂も必ずしも毎年は行われなくなつた。

2 昭和四五年三月控訴人の地上権設定当時、本件土地の地代は年額六〇万円であつたが、その後改訂され、昭和四七年四月一日から昭和五〇年三月三一日までは、本件土地に対する公租公課の3.5倍の価額に毎年増額されてきた。昭和五〇年四月一日から昭和五六年三月三一日までの本件土地の地代につき、被控訴人は毎年増額を請求し、その間二度訴えを提起し、控訴人との間で、裁判所においてなされた鑑定による適正賃料の額をもつて改訂地代とする旨の和解を成立させた(昭和五四年四月一日から昭和五五年三月三一日までの地代は鑑定による適正地代より若干低額で和解が成立した。)。昭和五〇年四月一日以降の本件土地の地代は、昭和五一年三月三一日まで年額九三五万二〇〇八円、昭和五二年三月三一日まで一〇五八万三九五二円、昭和五三年三月三一日まで一二一八万四五八四円、昭和五四年三月三一日まで一三三九万七三二八円、昭和五五年三月三一日まで一四七三万三三二〇円、昭和五六年三月三一日まで一四八六万一八五六円と定められた。

三そこでまず、第一次増額請求の効力について判断する。<証拠>によれば、昭和五五年四月一日から昭和五六年三月三一日までの本件土地の地代は、昭和五六年二月六日控訴人・被控訴人間に成立した東京地方裁判所八王子支部昭和五四年(ワ)第一四四七号地代請求事件における裁判上の和解により増額改訂されたものであり、改訂時(昭和五五年四月一日)から第一次増額請求時(基準は昭和五六年四月一日)まで一年が経過し、その間に一般消費者物価は五パーセント程度上昇したことが認められ、又本件土地の地価も九パーセント程度上昇したことが推認できる(本件土地と性格の近似する地価公示地である武蔵野五―二、五―三の価格は昭和五五年七月一日から昭和五六年七月一日までの間にそれぞれ9.5パーセント、9.4パーセント上昇していることが認められるので、本件土地の地価もこれと同程度の上昇があつたものと推認できる)。しかし、<証拠>によると、本件土地の昭和五六年度の公租公課は昭和五五年度と同額であり、近隣の地代も昭和五五年から昭和五六年にかけては据え置かれた例が多い(鑑定結果の賃貸事例六例中四例の地代は据え置きである)から、前認定の一般消費者物価及び本件土地の地価の上昇を考慮しても、前示一年の間に既定賃料額が不相当に低額化したと解することはできず、他に右賃料が不相当に低額化したことを認めうるに足りる証拠はない。従つて被控訴人の第一次増額請求はその効力を生じないものといわざるを得ず、被控訴人の本訴請求中、昭和五六年四月一日から昭和五七年三月三一日までの差額賃料及びこれに対する借地法所定の利息金の支払を求める部分は失当である。

四次に第二次増額請求について判断する。

<証拠>によれば、昭和五五年度に金五一三万六四一四円であつた本件土地の公租公課が、昭和五七年度に金五二四万六七六四円に増額されたこと、昭和五五年四月から昭和五七年四月までに一般消費者物価は八パーセント程度上昇したことが認められ、その間本件土地の地価も、本件土地と性格の近似する地価公示地である武蔵野五―三の公示価格の上昇率からみて一八パーセント程度上昇したことが推認される。これに、既に認定したように本件土地近隣の借地の地代が公租公課を基準として決定されていること、本件土地の昭和五四年四月一日以降の地代が鑑定による地代以下で合意され、昭和五五年四月一日以降における増額も0.8パーセソトと極くわずかであつて実質的には据置かれたに等しいこと、本件土地は高度商業地域において最有効利用の状況にあることを総合すると、被控訴人の第二次増額請求時には、昭和五五年四月一日以降の年額一四八六万一八五六円という地代は不相当に低額化し、右増額請求により昭和五七年四月一日以降相当な額に改訂されたものと言うことができる。

そこで、右相当額について検討するに、前示鑑定結果は、賃貸事例比較法、スライド方式、地価公示価格に継続地代の一般的比率(いわゆる平均的活用利子率)を乗ずる方法及び公租公課に対し一定の倍率を乗ずる方法の四方法により本件土地の地代を試算し、これらを総合して、結局スライド方式による地代と賃貸事例比較法による比準地代との平均値をもつて本件土地の適正地代とし、昭和五七年四月一日における適正地代を3.3平方メートル当り月額六二〇〇円とする結論を導き出している。ところで、前述の如く本件土地近隣には公租公課に一定の倍率を乗じて地代を決定する、もしくは地代の増額について公租公課との比率を一定に保つ借地慣行が存し、<証拠>によると、被控訴人、控訴人間のこれまでの二度の裁判における鑑定は、スライド方式、利回り方式、賃貸事例比較法を総合しながら、結局前記借地慣行に従い、本件土地の適正地代を昭和五〇年ないし五二年は公租公課の2.7倍、昭和五三年は2.8倍、昭和五四、五五年は2.9倍と算定したことが認められ、おおむね右各鑑定に基づいて本件地代が改訂されたことは前述のとおりである。ところが前示鑑定結果の昭和五七年四月一日における適正地代は公租公課の約3.2倍になり、これから公租公課を控除した純地代は昭和五五年四月一日のそれに比較して約19.5パーセントの増加となるところ、鑑定結果における賃貸事例では、2の事例を除いて地代は公租公課の三倍以内であり、全事例を通じて昭和五五年四月一日から昭和五七年四月一日までの間、公租公課に対する地代の比率は横ばいもしくは減少しており、その間純地代も最も増額された例で11.5パーセントの増額に過ぎず、平均すると2.3パーセントの増額で、減少している例すら存するから、本件土地の地代を、公租公課に対する割合を2.9倍から3.2倍に大巾に増大させ、純地代を19.5パーセント増額する結論には疑問があるといわざるを得ない。

前示鑑定結果によると、本件土地の昭和五七年四月一日における比準賃料は3.3平方メートル当り月額六六〇〇円、活用利子率による賃料は同六一七〇円、スライド方式による賃料は同五七九〇円、公租公課に対する倍率方式による賃料は同五七八〇円となるのであるが、<証拠>によると、昭和五七年度における本件土地の公租公課は、武蔵野市において都市計画税の税率が暫定的に0.05パーセント引き下げられたことにより増額が低めに押えられていることが認められるので、これを考慮すると公租公課に対する倍率方式を採用することにも疑問があり、結局既に認定したような本件土地の地代が昭和四七年四月一日以降昭和五五年四月一日まで毎年増額されてきた経緯、並びに本件土地の地代が従来特に低額に決定されてきたとも認められないことを考慮すると、昭和五七年四月一日における本件土地の適正賃料は、前記スライド方式によつて得られた3.3平方メートル当り月額五七九〇円とするのが相当である。右地代は本件土地の公租公課の約三倍にあたり、近隣の地代の相場とも適合することからも、相当な地代であることが首肯される。

従つて、本件土地の地代は、昭和五七年四月一日以降年額一五七四万九七二六円に改訂された。

五以上によれば、被控訴人の本訴請求は控訴人に対し、昭和五七年四月一日以降の賃料年額一五七四万九七二六円から、控訴人において支払済であることに争いのない一四八六万一八五六円を控除した差額金八八万七八七〇円及びうち弁済期が昭和五七年三月三一日となる金四四万三九三五円に対する同年四月一日から、うち弁済期が同年九月三〇日となる金四四万三九三五円に対する同年一〇月一日から、それぞれ完済に至るまで借地法所定年一割の割合による利息金の支払を求める限度で理由があり、認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきである。

(吉江清景 近藤浩武 林醇)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!